メインの展覧会にあわせて、同時開催されていた展覧会にも足を運びました。
今回鑑賞したのは、「刺繍」という身近でありながら、どこか奥深い表現に焦点を当てた2つの展示です。
布に針を刺し、糸を重ねるというごくシンプルな行為から生まれる作品は、作り手の時間や記憶、感情を静かにすくい取るような力を持っていました。
ひとつひとつの刺繍に向き合ううちに、「刺繍=装飾」というイメージが大きく変わっていく、そんな鑑賞体験となりました。

「刺繍―針がすくいだす世界」+αは、どんな企画展?
本展は、上野アーティストプロジェクト第9弾として開催され、針と糸を用いて布に縫い重ねる「刺繍」という手わざに焦点を当てた展覧会です。刺繍は、つくり手が内面と向き合いながら手を動かす行為であり、安らぎや自己解放、時に救済をもたらすものだとされてきました。同時に、補修や装飾、信仰といった目的のもと、各地の風土や暮らしに根ざして受け継がれてきた営みでもあります。
また、大正末期から現代に至るまで、刺繍や針仕事を通して独自の表現を追求してきた5名の国内作家を紹介します。伝統技法を基盤に革新を試みた作家、日常や記憶を自由なステッチで表現する作家、祈りや時間を糸に託し刺し続ける作家など、その表現は多彩です。
針と糸というシンプルな道具から生まれる「かたち」と向き合うことで、刺繍という行為が持つ意味や可能性をあらためて考える機会となる展覧会です。
企画展名:刺繍―針がすくいだす世界
会期:2025年11月18日(火)~2026年1月8日(木)
開館時間:9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
休館日:2025年12月1日(月)、12月15日(月)、12月22日(月)~2026年1月3日(土)、1月5日(月)
入館料:一般 800円 / 65歳以上 500円 / 学生・18歳以下無料
※障害者割引等あり
会場:東京都美術館ギャラリーA・C
東京都江戸東京博物館、東京都写真美術館、東京都現代美術館の所蔵品から、「刺繍」や「刺子」と呼ばれるような糸・針・布による造形物とそれに関連する資料を、時代ごとに4つの章に分けて紹介します。特別に、女子美術大学工芸専攻研究室が所蔵する明治末~昭和初期の学生たちが制作した「刺繍画」も展示いたします。
企画展名:刺繍がうまれるとき―東京都コレクションにみる日本近現代の糸と針と布による造形
会期:2025年11月18日(火)~2026年1月8日(木)
開館時間:9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
休館日:2025年12月1日(月)、12月15日(月)、12月22日(月)~2026年1月3日(土)、1月5日(月)
入館料:無料
会場:東京都美術館ギャラリーB
展示構成
平野利太郎さん(ひらの としたろう・1904〜1994)
尾上雅野さん(おのえ まさの・1921〜2002)
岡田美佳さん(1969〜)
伏木庸平さん(ふせぎ ようへい・1985〜)
望月真理さん(1926〜2023)
+α:同時開催の展示
第1章:刺繍で飾る·彩る ̶近代の刺繍装飾
第2章:刺繍を学ぶ·習う ̶女子教育・教養・趣味
第3章:刺繍で守る·祈る ̶戦争・災害と〈刺繍〉
第4章:刺繍で想う·考える ̶現代作家と〈刺繍〉
印象に残ったTOP3
1:平野利太郎さんの作品

平野利太郎さんは、近世から続く江戸の刺繍職人の家に生まれ、刺繍にしかできない表現を追い求め続けた作家です。
10代で日本画、20代で古典工芸や染織デザインを学び、伝統を基盤にしながらも独自の表現を切り拓いていきました。
中でも心惹かれたのが、《花と魚菜》という作品です。
円の中に、海鮮や花、野菜が刺繍で配置されており、淡い色合いからはどこか懐かしさが感じられました。
静かでやさしい時間が流れているような、印象に残る一作です。
2:岡田美佳さんの作品
岡田美佳さんの作品でまず驚いたのは、刺繍技術の多くをほぼ独学で身につけているという点でした。
生まれつき他者とのコミュニケーションに困難さを抱えながらも、創作の場で豊かな表現を発揮してきた作家です。
作品のイメージは自作の料理、目にした光景や自然の動植物の姿など。

《お集まりの午後(おしゃべりな午後)》では、かごに入ったパンや食材、積み重ねられた皿、グラスや花などが丁寧に刺繍されています。
これから楽しい食事が始まる直前の、わくわくとした空気感が伝わってくる作品でした。

《松茸ごはん》では、お米一粒一粒が驚くほど丁寧に刺繍されており、お味噌汁や小鉢との組み合わせも含め、日常の豊かさが感じられます。
松茸ごはんが盛られたお茶碗の美しさも印象的でした。
3:望月真理さんの作品
望月真理さんは、大学卒業後に洋裁学校で学び、結婚後は夫の転勤先での暮らしの中で西洋刺繍を始めました。
50歳を過ぎてインド旅行で「カンタ」と出会い、その自由で完璧を求めない手法に深く共鳴します。
96歳で亡くなるまで毎日刺し続けられた作品が展示されていました。

《一番初めに作ったカンタ》は、私自身「カンタ」という言葉を初めて知るきっかけとなった作品です。
どこか懐かしさを感じる風合いで、生地の質感や刺繍の凹凸まで想像してしまいました。ひとつひとつが丁寧。使用している生地も独特。触ることはできないのですが、でこぼこしてそう。トリや象、何かの動植物が赤や青?色の糸

《親子四代の思い出》では、茶色の布地に黄色の刺繍が施され、刺繍という形で記憶を残すことの美しさに心を打たれました。
写真とは異なる、時間や想いが折り重なるような記録の方法に、深い魅力を感じます。
私自身こどものころに書いた絵を思い出しました。あの頃がなつかしい
総合評価:★★★★★
メイン展示と同時開催展示、どちらもじっくりと楽しむことができ、刺繍という表現の幅広さと奥行きを実感できる展覧会でした。
同じ「針と糸」を使っていても、作家ごとにまったく異なる世界が立ち上がることに驚かされます。
過去の刺繍があり、現在へと受け継がれてきた刺繍がある。
時間を超えて連なっていく人の営みや記憶に触れるような、静かであたたかい余韻の残る鑑賞体験でした。























